はじめまして。

『aihara blog』を運営しています、相原 ユーキです。

Photo by @kymsk4

ざっくりプロフィール

相原 有希(あいはら ゆうき)
1990/04/06 27歳
東京都新宿区生まれ
北海道札幌市育ち

職業

ブロガー
ライター
キュレーター
イラストレーター
デザイナー
翻訳家
経理

趣味

タスク管理
英語学習
カメラ
ミニマリズム

資格・スコア

TOEIC 985点
英検1級
日商簿記2級
国家総合職試験(法律区分)
(米国公認会計士(NY州) 全科目合格予定)


時間がある人向けプロフィール

幼少期(0歳〜4歳)

1990年4月6日、東京都新宿区で生まれました。

父親は国鉄の職員、母親はパート。共働きの庶民一家。2歳年下の弟も生まれ、四人家族の長男に。

その後しばらくして、父親が国鉄を辞めて北海道に移住することになります(父も母も元々は北海道の出身でした)。

少年期(5歳〜6歳)

東京の友達と離れるのが嫌で、信じられないほど泣いたそうです。

移住後、ぼくは札幌の幼稚園の年中(ねんちゅう)クラスに編入し、新生活がスタートしました。

小学校時代(7歳〜12歳)

小学校ではサッカー少年団に入部し。ポジションはフォワードで、地域の選抜チームに所属するぐらいけっこう頑張っていました。

そのほかにも、ゲームボーイ版のポケモンやドラクエ、遊戯王カードに熱中していて、友人とよく遊んでいたのを覚えています。

中学校時代(13歳〜15歳)

中学2、3年のころのクラスはとにかく楽しくて、まさに人生のハイライトの一つだと思っています。

大人になった今でも年に一度会って飲むような仲の友人が数人いるのですが、彼らとも中学時代に出会いました。

高校時代(16歳〜18歳)

ぼくがの中学校は進学校として有名で、地元の有名公立高校にすすむ人が多かったんです。

ただ、ぼくはあまり一生懸命勉強していなかったし、高校なんてどこでもいいと当時は思っていました。

結局自宅から徒歩10分ぐらいの私立高校に入学することに。

一応「特別進学コース」で、特待生にも選ばれたため、授業料は三年間無償でした。

大学時代(19歳〜)

北海道小樽市にある国立大学へ進学。商学部しかない単科大学です。

軽音サークルに所属したのち、他大学(北海道大学)のアカペラサークルに入部。

リードボーカルとしてあちこちで歌っていました。人生で一番ハマったのが歌だと思います。

大学にはほとんど行かずに練習の日々。気づいたころには、GPAは1を割っていました。

オーストラリア留学(22歳〜23歳)

大学2年次、早々に留年が決まってしまい、どうしようか色々と思案した結果「留学」の2文字が浮かびました。

留学先はオーストラリア、滞在ビザはワーキングホリデー。目的は「自活力(胆力)」と「英語力」の向上。

それまでに何も成し遂げたことがなかったから、そのタイミングで何か「人と違うこと」がしたかったんですよね。

結局、1年間向こうで過ごしました! 当初の目的は達成し、かけがえのない出会いもありました。

滞在中に一度もホームシックにならないほどに海外生活を謳歌。いつかまた外へ出たいなー。

帰国後、就活(23歳〜24歳)

オーストラリアから帰国して間もなく、就職活動がスタートしました。

世間知らずだったぼくは、海外留学経験とTOEIC985点というスコアのみを武器にして、超大手企業のみを受験。

総合商社〜エネルギー企業まで数十社受けましたが、結局全滅しました。このときの挫折感は想像以上に大きく、人生で一番凹んでいた気がしますねー。

ずるずると引きずっていてもしかたないので、「民間企業は自分には合わないんだ」と割り切って、今度は公務員試験をめざすことにしました。

2014年の4月から1年間、国家総合職・防衛省専門職試験の独学合格を目指してガリガリと勉強する道を選びます。毎日楽しかったなー。

ニート時代(25歳)

2015年の4月から2016年の3月までの一年間、ぼくは大学にも会社にも属していませんでした。俗に言う「ニート」です。

辛くて退屈な日々だったか?と言うと全くの逆で、あらゆる物事に好きなだけ没頭することのできる「至福のとき」でしたよ。誇張抜きに。

ちなみに、以下はニート期間中にはじめた趣味の一部です

英語、スペイン語、読書(ビジネス、SF、ホラー、サスペンス、ヒューマン、恋愛、エッセイ、漫画…)、速読術、速記術、インド式計算法、記憶術、雑談力、歌唱、ホーミー、ものまね、水彩画、美文字、ルービックキューブ、カメラ、画像編集、ジオラマ撮影、筋トレ、ジョギング、競馬、散歩、瞑想、白湯、断捨離、オリーブオイル、クロワッサン食べ歩き、カフェ巡り、料理、寺社仏閣巡り…

同年の6月〜は国家公務員試験の本番がスタート。独学でしたが、受験したすべての区分で合格することができました(防衛省専門職は最終面接で落ちましたがw)。

とにかく有意義な1年間でしたね。またニートしたいなー。

国家公務員時代(26歳)

2016年の4月に財務省に入省。年末までの9ヶ月間でしたが、国家公務員として働いていました。

仕事内容は伏せますが、外国の方と日常的に話すこともかなり多かったですね。

「なぜ辞めたの?」と思われる方も多いでしょうが、一番大きな理由は「自由にマネタイズができない」ということでした。

同年の9月末からこのブログをはじめましたが(当時はkoboblogというタイトルでした)、収益が上がってくるにつれてブログ運営が楽しくて仕方なくなってきたんです。

クレイジーな決断だとも言われますが、ぼくはぜんぜん後悔していません。当時よりも楽しい毎日を送れていると思うので!

ちなみに、当時の同期とは未だに仲良くしてもらっていて、先日も飲みに行ってきました。一期一会、大切にしたいですね。

TABI LABO時代(27歳)

公務員を辞めたあと(2017年1月〜)、また3ヶ月ぐらいニートをしていました。毎日ブログを書いたり、映画を見たり、本を読んだり。

…そんな感じでまったりと過ごしていましたが、貯金がなくなり結局働かなければならないことに。

次はどんな仕事をしようかなーなどと考えていたときに、たまたま目にしたのがWebメディアTABI LABOの求人記事でした。

もともと好きで読んでいたメディアだけあって、仕事が決まったときは嬉しかったです。オフィスも代官山にあってオシャレだし。

TABI LABOでは、主に許諾業務や翻訳、あとはライターなんかをやらせてもらっていました。やりがいのある仕事でした。

が、給料があまりにも少なすぎて(地方都市のアルバイトぐらい)、生活が目に見えて困窮してしまったんですよね。

USCPAの受験料もまったく貯まらず、計画に半年ぐらい遅れが出てしまうことに。

「このままではいけない」と思い、入社後4ヶ月経過したぐらいで辞めることにしました。

公務員からスタートアップへの転職はけっこう刺激的で、良い経験ができたとは思っています。良い人ばかりでしたから。



現在

現職について

縁あって、今はLINE株式会社に勤めています。

部署としては経理的なポジションですが、「一日中数字を見ている」というよりは、パワポ資料を作成したり業務効率の改善案を出したりと、けっこうクリエイティブな仕事をさせてもらえてます(感謝)。

今回の転職で年俸も大きく上がったので、生活もだいぶ豊かになってきました。あくまでも前職と比べて、ですが。

転職に関する記事も書いているのでよろしければぜひ

USCPAについて

USCPA(米国公認会計士)試験に関しては、とりあえず2科目分の出願料($400)を無事に払うことができました。

あとは、日本のテストセンターを予約して、約$600を支払っていざ受験!という流れですね。

その他ハマっていること

>アフィリエイトサイトの開設
このブログとは別に、アフィリエイトに特化したサイトを立ち上げました!そのうちお披露目するかもしれません。

>デジタルガジェット
少しお金に余裕が出て来たので、生活を豊かにしてくれるデジタルガジェットを買いそろえたりしています。昔泣く泣く手放したものなんかも。最近ではApple WatchとかAir podsなんかがヒットでした。次はCarl Zeissの16-25mm広角レンズですかね。

>肉体改造
デキるビジネスパーソン像って、たいてい身体バキバキじゃないですか(笑)。ぼくも次第に「パフォーマンスを高めるために鍛錬する」という発想に憧れるようになりました。自転車通勤も始めたので、シェイプアップしていこうかなー。


さいごに

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

当ブログ「MOTTO」の管理人 相原 ユーキの人柄が少しでも伝われば幸いです。

今後もみなさんに有益な情報をシェアしていければと思っているので、よろしくお願いしますー!