相原 ユーキ のプロフィール

はじめまして。
個人ブログ『MOTTO』を運営しています、相原 ユーキです。

このページでは、ぼくのプロフィールを紹介いたします。

「相原」という人間がこれまで何をしてきて、何を考えていて、これからどうするのか。少しでも伝えることができればと思います。

ざっくりプロフィール

Photo by @kymsk4

相原 有希 (あいはら ゆうき) / ブロガー

小樽商科大→ニート→国家公務員→LINE社員を経て、フリーランスに。何者かになりたいけど、何もしたくないという盛大な矛盾を抱えながら、ブログやSNSでの発信に日々注力しています。

夢は『世界の車窓から』のような旅をしながら、時間と場所にとらわれずに暮らしていくこと。

趣味は英語とデザイン。好きなものはデジタルガジェット。

資格など
TOEIC 985点、英検1級、日商簿記2級、国家総合職試験(法律区分)


時間がある人向け:
生まれてからこれまでの道のり

「もう少し詳しく知りたい」と思ってくださった方のために。時系列の順番で、ぼくが歩んできた道を記載しました。

東京都新宿区、「中の中」ぐらいの家庭に生まれる

1990年4月6日、東京都新宿区で生まれました。父親は国鉄の職員、母親はパート。共働きの庶民一家。2歳年下の弟も生まれ、四人家族の長男に。

日本人のほとんどが「自分の家は中流だ」と信じているみたいですが(笑)、ぼくもその例に漏れず、当時は中ぐらいの経済力の家庭だったと思っています。


・・・が、父が会社を辞め、一家揃って北海道へ

ぼくが5歳のとき、父親が国鉄を辞めました。(仕事を辞めるDNAも遺伝したのでしょうか)

両親とも元々は北海道の出身だったため、一家揃って札幌へ移住することになりました。東京の友達と離れるのが嫌で、信じられないほど泣いたそうです。


お父さん、どんな仕事しているの?という質問に答えられないぼく

北海道に引っ越した後、父は色々な仕事をしていたと思います。「思います」というのも、ぼく自身父がどんな仕事をしていたのかがよくわかっていないからです。浄水器とかシャンプーを売って回るような、マルチまがいの仕事をしていたこともあったような記憶がありますね。

ただ、色々とうまくいっていなかったことぐらいは子供心にも分かっていて、それが家庭内での父の横暴な振る舞いの元凶になっていたんだと思います。昼間から4リットルの焼酎を煽って母と弟に対して悪態をついている父親の姿が印象的でした。


家庭内の不和により、ぼくはスルースキルを磨き上げた

標的はいつも弟でした。もともとドン臭い性格の弟とは、ソリが合わなかったんだと思います。母のいないときに弟を殴打して頭から酒を浴びせたり、ゲームボーイをストーブで焼いたり・・・。我が父親ながら、最低のクズ人間だと未だに軽蔑しています。(今では連絡を取っていません)

ぼくはといえば、機転が利くところがあって、父が何に腹をたてるのか常に予想がついていました。だから、先読みしてうまくかわすことができる。弟は鈍いから、気をつけていてもターゲットになってしまう。「これって社会の縮図なんだろうな」と、どこかドライに分析している傍観者がぼくでした。


小学校ではサッカーに打ち込み、中学校では不登校を経験

小学校ではサッカー少年団に途中入団。ポジションはフォワードで、地域の選抜チームから声がかかるぐらいには頑張っていました。楽しかったなー。友達もけっこう多くて、何不自由ない毎日を送っていました。

・・・が、中学1年に上がると、ぼくは家に引きこもりがちに。イジメに遭っていたわけでは決してないんだけど、学校が急につまらなくなったんです。インターネットにハマっていたぼくは、「お絵かき掲示板」というところに入り浸り、ドラゴンボールの絵ばかり描いていました。

その後クラス替えもあり、中学に徐々に復帰するようになりました。中学2、3年のころのクラスはとにかく楽しくて、まさに人生のハイライトの一つだと思っています。大人になった今でも年に一度会って飲むような仲の友人が数人いるのですが、彼らとも中学時代に出会いました。


サボり癖、逃げ癖が定着してしまった高校時代

ぼくの中学校は進学校として有名で、地元の有名公立高校にすすむ人が多かったんです。ただ、ぼくはあまり一生懸命勉強していなかったし、高校なんてどこでもいいと当時は思っていました。結局自宅から徒歩10分ぐらいの私立高校に入学することに。

人生を舐めきっていたぼくは真剣に勉強をするようなことはせずに遊び呆けていました。地元の北海道大学に進学することを目標に勉強をスタートしましたが、あれよあれよと言う間に合格判定が下がっていき、結局小樽商科大学という短歌大学へ入学することに。


好きなことをとことん追いかけた大学時代

小樽商科大では、軽音サークルに所属したのち、他大学(北海道大学)のアカペラサークルに入部。リードボーカルとしてあちこちで歌っていました。人生で一番ハマったのがアカペラだと思います。大学にはほとんど行かずに練習の日々。気づいたころには、GPAは1を割っていました。


「何か」を変えたくて、オーストラリアへ渡航

大学2年次、早々に留年が確定。このままだと本当に人生が詰んでしまうと、ようやく焦り始めました。どうしようか色々と思案した結果「留学」の2文字が浮かびました。留学先はオーストラリア、滞在ビザはワーキングホリデー。目的は「自活力(胆力)」と「英語力」の向上。それまでに何も成し遂げたことがなかったから、そのタイミングで何か「人と違うこと」がしたかったんですよね。

結局、1年間向こうで過ごしました! 当初の目的は達成し、かけがえのない出会いもありました。滞在中に一度もホームシックにならないほどに海外生活を謳歌。いつかまた外へ出たいなー。

観光では目にできない、オーストラリア・シドニーの「日常」を写真41枚と共に紹介する


帰国後、TOEICハイスコアを獲得。就活では無双をするつもりが・・・

オーストラリアから帰国して間もなく、就職活動がスタートしました。世間知らずだったぼくは、海外留学経験とTOEIC985点というスコアのみを武器にして、超大手企業のみを受験。総合商社〜エネルギー企業まで数十社受けましたが、結局全滅しました。このときの挫折感は想像以上に大きく、人生で一番凹んでいた気がしますねー。

ずるずると引きずっていてもしかたないので、「民間企業は自分には合わないんだ」と割り切って、今度は公務員試験をめざすことにしました。一年間、国家総合職・防衛省専門職試験の独学合格を目指してガリガリと勉強する道を選びます。毎日楽しかったなー。

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好きなことと向き合い続けた「ニート」期間

大学を卒業してからの一年間、ぼくは大学にも会社にも属していませんでした。俗に言う「ニート」です。辛くて退屈な日々だったか?と言うと全くの逆で、あらゆる物事に好きなだけ没頭することのできる「至福のとき」でした。誇張抜きに。

ちなみに、以下はニート期間中にはじめた趣味の一部です

英語、スペイン語、読書(ビジネス、SF、ホラー、サスペンス、ヒューマン、恋愛、エッセイ、漫画…)、速読術、速記術、インド式計算法、記憶術、雑談力、歌唱、ホーミー、ものまね、水彩画、美文字、ルービックキューブ、カメラ、画像編集、ジオラマ撮影、筋トレ、ジョギング、競馬、散歩、瞑想、白湯、断捨離、オリーブオイル、クロワッサン食べ歩き、カフェ巡り、料理、寺社仏閣巡り…

同年の6月〜は国家公務員試験の本番がスタート。独学でしたが、受験したすべての区分で合格することができました(防衛省専門職は最終面接で落ちましたがw)。

就活内定ゼロだったコミュ障が、1年間かけて人格を矯正して無双した話


新卒で国家公務員になったはいいけど・・・

2016年の4月に財務省に入省。年末までの9ヶ月間でしたが、国家公務員として働いていました。仕事内容は伏せますが、外国の方と日常的に話すこともかなり多かったですね。

「なぜ辞めたの?」と思われる方も多いでしょうが、一番大きな理由は「自由にマネタイズができない」ということでした。同年の9月末からこのブログをはじめましたが、収益が上がってくるにつれてブログ運営が楽しくて仕方なくなってきたんです。

クレイジーな決断だとも言われますが、ぼくはぜんぜん後悔していません。当時よりも楽しい毎日を送れていると思うので!ちなみに、当時の同期とは未だに仲良くしてもらっていて、先日も飲みに行ってきました。一期一会、大切にしたいですね。

ぼくが国家公務員をたった9ヶ月で辞めて民間企業に転職した理由


WebメディアTABI LABOで編集・ライターを経験

公務員を辞めたあと(2017年1月〜)、また3ヶ月ぐらいニートをしていました。毎日ブログを書いたり、映画を見たり、本を読んだり。…そんな感じでまったりと過ごしていましたが、貯金がなくなり結局働かなければならないことに。次はどんな仕事をしようかなーなどと考えていたときに、たまたま目にしたのがWebメディアTABI LABOの求人記事でした。もともと好きで読んでいたメディアだけあって、仕事が決まったときは嬉しかったです。オフィスも代官山にあってオシャレだし。

TABI LABOでは、主に許諾業務や翻訳、記事の執筆を担当させてもらっていました。やりがいのある仕事でしたが、給料があまりにも少なすぎて(地方都市のアルバイトぐらい)、生活が目に見えて困窮してしまったんですよね。お金もまったく貯まらず、「このままではいけない」と思い、入社後4ヶ月経過したぐらいで辞めることにしました。

公務員からスタートアップへの転職はけっこう刺激的で、良い経験ができたとは思っています。良い人ばかりでしたから。

参考

「イギリス英語」に興味がある人だけに読んでほしい、少しマニアックなコラムTABI LABO

TABI LABOでぼくが執筆した記事です


憧れの大手企業、LINE(株)に入社するも・・・

TABI LABOを辞めたあと、縁あって、LINE株式会社に入社。ポジションは経理でした。年俸も大きく上がったので、生活もだいぶ豊かになりましたが、2ヶ月半で辞めることに。ぼくの人生が「レール」から完全に外れた瞬間だったと思っています。

自分の時間を会社に差し出すことに対して、強烈な違和感と危機感を覚えてしまったのが理由でした。「社会人なんだから仕事が最優先」とか「残業するのが当たり前」みたいな通念がどうしてもぼくの心には馴染まなかったんです。このときの心情については以下の記事で詳述していますので、ご興味があればどうぞ

LINEを2ヶ月半で辞めて、フリーランスとして生きていくことにしました

あと、転職に関する記事も書いているのでよろしければぜひ

転職で年収150万円以上アップさせる方法を包み隠さず述べる


現在

LINEを10月いっぱいで辞めたあとは、自宅でブログ運営やら何やらを黙々とやっております。格好良く言えば「フリーランス」、悪く言えば「ヒモ」でしょうか・・・(笑)。

MEMO

こういうサイトも立ち上げてコツコツと運営しています

LINE MOBILEの教科書

家賃等の固定費は同居している彼女と折半していますが、早く結果を出して楽をさせてあげたいなぁと。近況等も記事として報告していければと思いますので、今後ともよろしくお願いします。



相原 ユーキの夢

このブログでも何度か書いてきましたが、ぼくは子供の頃から『世界の車窓から』のような電車の旅をするのが夢です。アルプスの山並みを一望しながらジグザグに高度を上げていく赤い列車。そんな景色に27年間憧れ続けてきました。

「旅をしながら仕事をするのは案外つらい」という声も耳にするんですが、やってみたいなーという気持ちは消えません。どうせマトモなキャリアは歩めないので(笑)、好きなことは全てやり尽くしたいと思っています。



当ブログ「MOTTO」って、どんなブログ?

このブログで発信している情報

  • 英語、資格試験の学習方法
  • 転職、副業等のキャリア設計に関する情報
  • アイテム、デジタルガジェットの紹介
  • オピニオン
  • 書評

読者さんの属性やPV規模

ブログタイトル「MOTTO」の由来

日本人って、すごく禁欲的な民族だと思うんですよ。「こうしたい」とか「これが欲しい」とか、主張することが悪いことのように判断されてしまう。それがぼくはあまり好きじゃないんです。

たった一度きりの人生、もっともっと楽しむべき。この「もっと」という気持ちを大切にして生きていきたい。ブログタイトル MOTTO は、このようにして決まりました。



相原へのお仕事依頼・お問い合わせについて

  • 広告掲載のお仕事
  • 記事の執筆や寄稿のお仕事
  • デザインのお仕事
  • その他なんでも

コンタクトページからお気軽にご相談いただければと思います。もちろん、ブログに対するご意見もお待ちしております!

デザインのポートフォリオはTumblrで公開しています。



さいごに

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

当ブログ「MOTTO」の管理人 相原 ユーキの人柄が少しでも伝われば幸いです。

今後もみなさんに有益な情報をシェアしていければと思っているので、よろしくお願いしますー!