Grasp Fortune by the forelock. (幸運の女神には前髪しかない)

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通り過ぎてしまったあとに追いかけて手を伸ばしても、「幸運」には後ろ髪が無いからもはや掴むことができない。だから、チャンスが来たらその場で摑み取れ、という意味の諺だ。

僕はこの諺を耳にするたびに、大学1年生のある日の帰り道を思い出す。中学が同じで、大学になって再会した友人と一緒に、小樽の坂道を下っていた。

もう9年ぐらい昔のことになるから、その時に二人でどんな会話をしていたのかは判然としない。しかし、友人に誘われるままに駅前の書店に立ち寄ったことだけは鮮明に覚えている。

「一緒に英語を勉強しないか」と言う彼の目は本気だった。

僕は「あ、うん」と気の抜けた返事をして、彼と同じ英単語帳を手に取りカゴへ入れた。“パス単準1級”と書かれたそれに1700円を支払った後、二人並んで札幌行きのJRに乗る。

今思えば、あの時のあの場所が「分かれ道」だったのかもしれない。彼は懸命に努力したが、僕は努力をしなかった。目先の娯楽に夢中になり、パス単もいつの間にかどこかへ行ってしまった。

彼の活躍を聞いたのは、それからしばらくしてからだった。その「彼」とは、チャンネル登録者数7万人を誇るYouTuberとして精力的に活動しているATSUのことだ。僕たちは同じ中学に通い、大学で再会したのだ。

ATSUの現在の活躍は言うまでもないかもしれない。英語力はTOEIC満点、英検1級、TOEFL114、IELTS8.5。オーストラリア在住で、世界四大監査法人の一つに勤めている。

「あの時 一緒に英語に注力していれば、今ごろは自分も ……」などとは思わない。僕は彼の努力量を間近で見て知っているから、そんなことは簡単には言えないのだ。

ただ、それでもあの日の「幸運の女神」の前髪を掴んでいれば、今とは何かが違ったのだろうかとは思う。次にいつ女神が現れるのかはわからないし、もう現れないのかもしれない。

僕にできることは「二度とチャンスを失うまい」と、顔を上げて前に進んでいくことだけだ。

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