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ミニマリスト

持たない暮らし

シンプルライフ

 

表現こそ違えど、どれも同じような生活様式を指しています。

ひとことで表すと、自分にとって最低限必要なモノと共に生きていくということ。

ここでいう「モノ」は、物質的なものに限らず、環境そのものや人間関係、思想等も内包すると考えます。

 

今や空前の断捨離・ミニマリズムブームで、書店に行けば関連書籍の特設コーナーができ、google 検索をかければブログ記事が数え切れないほど出てきます。

ネット上では「ミニマリストを目指してモノを捨てています」などという書き込みも散見されますが、こういう人はそもそも本質が見えていないと言わざるを得ません。

 

「ミニマリスト」というお題目につられて、結局まんまとコンテンツを消費させられてしまうという本末転倒。

あなたは気づかないうちに思考停止になっていませんか?

 

この記事では、ただ単にブームに乗っかるのではなくて自分の暮らしを自分でデザインするという観点から、ミニマリズムの考え方についてお話していきます。

 

この記事を書いている人
相原 ユーキ| TABI LABO編集・ライター。 前職は国家公務員。 大学ではAUSで1年間留学。 TOEIC985、英検1級、簿記2級、国家総合職合格。

 

 

01. そもそもシンプルライフの魅力とは

無駄な管理コストを削ぎ、ノイズの無い快適な暮らしをする。

ぼくの考える、シンプルライフの最大の魅力がこれです。

 

管理コスト
モノを所持すれば、当然ながら一定のスペースを占有することになります(これは電子データでも同じです)。また、モノによっては定期的なメンテナンスを要するかもしれません。また、モノが多ければ探し物の手間も増えます。そうした諸々のコストを、ぼくは「管理コスト」と呼んでいます。

 

ノイズ
ぼくの場合、自分が気に入っているモノを手に取ると「ときめき」ますが、そうでないものは視界に入るだけでなんとなく嫌な気持ちがします。そうした感情はぼくにとってノイズ(雑音)であり、正常な思考を妨げます。

 

そもそもなぜシンプルライフを望んでいるのか。それによってどのような便益が得られるのか。

今一度じっくり考えてみるのがいいでしょう。

 

 

02. ミニマリストは「目指す」ものじゃない

自分にとって最低限必要なモノと共に生きていきたい。

 

あなたがもしそう思うなら、あなたはすでにミニマリストであると言えます。

そもそも「ミニマリズム」とはマインドセットなので、「目指す」とか「目指さない」とかそういう類のものではありません。

特別な証明も必要ありませんし、有名ミニマリストのお墨付きも要りません。ゴールもありません。

この点を勘違いしている人が多いように思います。

つまらない承認欲求は捨てて、自分なりのライフスタイルをデザインしましょう。

 

 

03. ミニマルかどうかは自分しだい

モノが多いか、少ないか。

 

これは相対的主観的な命題です。

ある人にとってはシンプルでノイズの少ない快適な生活環境だとしても、違う誰かが見ればモノにあふれているマキシマリストであるかもしれません。

結局、答えなんて無いんですよね。

ゴールの存在しないレースからはさっさと抜け出して、生活環境が自分にとって快適かどうか問いかけましょう。

快適かどうかの尺度は、前述の通り、管理コストがかからないこと、そしてノイズが少ないことです。

 

 

04. モノを捨てることありきは間違っている

モノを捨てることは、ノイズを除去するために手段の一つに過ぎず、それ自体は目的にはなりえない。

 

 

仮に「物に対する執着」が強いのなら、モノを捨てるべきではありません。

執着があるのに無理して手放しても後悔が残るばかり。

あなたの目指すものは「モノを捨てること」でしたか?

それとも「快適な生活を手に入れること」でしたか?

 


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05. 浅はかなミニマリズムがもたらす弊害

一度手放したものは二度と戻ってこない。

 

一般的なコモディティ(たとえば電化製品、家具、文房具等)なら、再度必要になったときに買い直すことができます。

しかし、手紙や写真、思い出の品、プレゼントの取り扱いにはくれぐれも注意しましょう。

たとえば、書いた人の気持ちのこもった手紙。

文面の内容はもちろん、便箋の筆跡、封筒に貼られたシール、手紙を送ったという事実、そのすべてに「再現不能な価値」があります

ビジネスで使う書類のように、内容の文字情報だけ得られればお役御免、というものとはそもそも性格が異なるのです。

手紙も写真も、プレゼントでさえも、デジカメで撮影してデータとして保存しているので捨てても平気

というエクストリームな過激派もいます。

本人がそれで納得しているのであれば、それが最良の選択なのでしょう。

ただ、「とりあえず何か捨てられるものはないか」などと、浅慮のままそうした品に手をかけるのはやめましょう!

後悔先に立たず。これは、ぼく自身が以前、闇雲に断捨離していた頃に大切なものを次々と捨ててしまった苦い体験から忠告させてください。

 

 

06. 究極のミニマリズムとは

究極のミニマリズムとは、「ミニマリズム」という枠組みからも離脱してしまうことである。

 

自らの行動や状態に「ミニマリスト」や「シンプルライフ」などと名前をつけてラベリングする。

それによって得られる安心感も確かにあります。

自分のライフスタイルに特定のジャンルが振り当てられる事によって、なんらか特定の集団に所属する

そしてこの所属感によって「この広い世界で自分は一人じゃないのだ」と認識してしまうんですね。

しかし、この考え方自体、「他者の存在」を前提にしていることに気づきましたか。

社会があって、その中に自分がいるのではなく、まず自分という人間がいて、個人個人が集まって社会が構成されているのです。

他人と同じである必要はありません。既存の集団に無理して所属する必要はありません。

オリジナルの集合体が社会です。

 

快適な日々を送るために、

  1. モノの管理コストを削減する
  2. ノイズを除去する

そのために試行錯誤する。ただそれだけなんです。

 

その過程で、もしかしたら周囲の人はあなたを「ミニマリスト」だと評価するかもしれません。

しかし、その評価すらも新たなしがらみなのです。

自分のデザインしたライフスタイルがなんと呼ばれようと、なんと評価されようと、その生活様式があなたにとって心地良いものならばそれで十分じゃないですか。

 

 

さいごに

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今回の記事では、ミニマリズムに対する私見を紹介しました。

他人の目を気にせず、既存の枠組みにとらわれることなく、自分の人生を生きていく。

この記事が何かのきっかけになれば幸いです。


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